噛み合い方がまったく違うことがわかると思う。
寝た状態で噛むと、下顎が奥にずれてしまうのである。
これは、ものを噛むための正常な噛み合わせではない。
寝ながら食べるというのならいいが、そんな人はいない。
こんな噛み合わせの調べ方では、話にならないのである。
もちろん、立って調べればいいという単純なことでもない。
歯は上下に噛み合わせるものだと信じ込んでいると、それでよいということになるが、実際は違う。
前述したが、主に下顎が上下、前後、左右の複合した運動をして、ものを噛む。
微妙な噛み合わせを調べるには、ありとあらゆる角度から、そしてありとあらゆる顎の動きをチェックしなければならない。
噛み合わせが大きく変化し、岨噂システムが崩壊するとどういう結果になるのか、その恐ろしさをまざまざと感じさせる資料がある。
『さまよえる患者をどう捉えるか』という、専門家向けの本に掲載されていた女性の話である。
当初のレントゲン写真を見ると、右側の下にブリッジが入っている。
だが、そのいちばん奥の歯が断裂してしまい、歯根が骨に埋まってないガタガタの状態であった。
これでは痛-て右側でものを噛むことができなかったことだろう。
右側がそんな状態だというのに、今度は左側にインプラント、つまり人工歯根を打ち込んだのである。
インプラントを打ち込むには、歯茎を切り、骨に穴を開けて、そこにピンを刺すという手術をしなくてはならない。
当然のことながら傷ができてしまう。
ただでさえ右で噛めないのに、左も噛めなくしてしまったのである。
こんな治療をする歯科医がいるとは、まったく信じられない。
その結果は、私の父と同じである。
噛み合わせが一気に変化したため岨噂筋に歪みが生じてしまった。
岨噂筋のうちの側頭筋に影響が出て、大きな脱毛症状が現れた。
もともとは髪の量が多く、ふさふさしていたが、それが見る影もなく抜け落ちてしまった。
ほかの全身症状としては、肩凝りや堰畦はもちろん、打ち砕かれるような激しい頭痛で意識が混乱し、夜中に救急病院へ運ばれることもあったという。
しかもこの患者さんの悲惨なところは、周囲の誰も、これが噛み合わせの不具合にゆらい由来しているということがわからなかった点である。
本人はインプラントを打ってから体が急変したことを知っているから、歯科医にそれを訴えたという。
だが、歯科医は大学病院の口腔外科を紹介するだけだった。
総合病院に行って検査をしても、歯科は管轄外だから歯を調べることはない。
体のどこをどう調べても異常が見つからないので、最終的に「ストレスによる脱毛症状」という診断が下された。
原因が追究できないのだから、治療はもちろん、応急処置を施されることもなく、体のあちこちがどんどん蝕まれていった。
そのひどい痛みをわかってもらおうと、彼女は自分の人形を作って、どの部位がどう痛いかを懸命に医師に説明しようとしたのだが、それを見て医師はますます気味悪がるだけであった。
彼女は歯科や一般医科を含め、一四の医療機関をさまよい歩いたが、症状が好転することはなかった。
ついには家族とも別居するようになり、気の毒にも自殺してしまったのである。
正確に言うと、彼女は精神分裂病と診断されたわけではない。
だが、彼女を診つづけ、この症例を紹介している歯科医(インプラントをした歯科医ではない)は、精神科で診てもらうよう、彼女に勧めている。
残念ながら、これは医原病の最悪の結果である。
安易にインプラントを打ち込む手術さえしなければここまで悲惨なことにならなかったと思われる。
しかも、これはけっして特別な症例ではない。
歯(歯科)と体(医科)を区別している現行の医療体制では、誰の身にも起こりうることである。
私自身も噛み合わせの勉強をしていなかったならば、加害者の立場になっていたかもしれない。
繰り返すが、岨噴システムというのは、その人が何十年にもわたって噛むという行為を続け、自分なりに形成した文化である。
この患者さんの場合は、それが一瞬のうちに破壊されてしまった。
このように、安易な治療は岨噛システムの崩壊を招き、そして心身のシステムさえも崩壊に導-のである。
このことは、歯科のみならず、医療者全員が肝に銘じなければならない。
ある難病指定の病気を持っていた六四歳の患者さんが私のところに見えたことがある。
この病気の主症状として歩行障害と言語障害が現れており、さまざまな治療を試みてもなかなか好転しなかった。
そんなとき、せめて入れ歯の具合でもよくしようと私のところに相談に来られた。
たしかに、電話では、ほとんど話を聞き取ることができないほど、発声には障害があった。
診察をしてみると、明らかに総入れ歯が小さすぎた。
聞くと、一〇年前に作った総入れ歯は、当初から合わなかったにもかかわらず、入れ歯とはこんなものだと思い込んで、そのまま無理して使っていたという。
患者さんの口に合うような入れ歯型の装置を作り、少しずつ調整を重ねていったところ、数カ月して明らかに状態は好転していった。
まず、岨噂筋がうまく働きはじめたことによって表情が変わり、以前よりも若返ったように見えた。
不自然だった首のまわりの紋も本来のあるべき姿に戻った。
そのうち言語障害も大き-改善し、だいぶうまくしゃべれるようになった。
なにしろ、実のお姉さんが電話であまりにもよ-話せるので別人だと思い、間違い電話だと早合点し、すぐに電話を切ってしまったというエピソードがあるほどだ。
難病が原因と思われた症状も、少な-とも言語障害に限っては、合わない入れ歯を使っていたことが大きく影響を及ぼしていたのである。
また、治療以前は口があまり動かなかったために、食事も億劫だったのだが、治療後は楽しく食事ができるようになり、今では人生が楽しくなって、暇さえあれば旅行をしているそうである。
ところで、これには後日談がある。
この人は、入れ歯の治療と同時に、難病指定の病気の治療を某医大の教授に受けていたのだが、「義歯を改善して、リハビリを続けたところ、こんなにうまくしゃべれるようになった」と教授に話したが、その教授は入れ歯が言語障害の原因だったとは信じょうとせず、言語障害が治ったのは、今まで試してきた薬が効いたと考え、その後、二週間の入院をさせ、薬を大量投与した。
それにしても、歯医者と医者が、お互いに何もわかっていないのは大問題である。
歯医者は全身の管理やその状態の把握に疎いし、医者は歯の本数さえも知らない。
この現状は、速やかに解消する必要があるだろう。
兄自身も十数年前、まだ噛み合わせの研究をする前のことだが、ひどい肩凝りに苦しめられていた。
技工作業をしている最中に突然動けなくなるほどの激痛を背中に感じることがしばしばあり、仕事も集中してできないほどだった。
これは病的だということで、病院に行って診てもらったことがあった。
まず最初に東京医科歯科大学の整形外科に行った。
診断の結果は「異常なし」で、筋肉弛緩剤を打ってもらったが、一時的な気休めにしかならず、その後も原因不明の肩凝りが続いた。
仕事上のストレスじゃないか、急激なダイエットをしたせいではないかなど自分で原因を追究してみるものの、たしかなことはわからない。
知人に「目の疲れのせいじゃないか」などと言われ、東京女子医科大学の眼科で診てもらうが、ここでも「異常なし」。
今度は胃の具合が悪いせいだということで、やはり東京女子医大で調べた。
バリウムを飲んで検査したが、再度「異常なし」の診断だった。
挙げ句の果ては、軽い精神安定剤を出され「ストレスでしょう。
運動をしてみてはいかがですか」と医師に言われた。
結局、原因は究明できず、その後も肩凝りに苦しむ日々が続いた。
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